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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3072号 判決

控訴人

青柳静子

右訴訟代理人弁護士

黒澤辰三

被控訴人

破産者北原商事株式会社

破産管財人

神山岩男

有限会社スンーズエンタープライズ

右代表者取締役

孫忠利

右訴訟代理人弁護士

西村史郎

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人破産者北原商事株式会社破産管財人神山岩男(以下「被控訴人破産管財人」という。)に対し、金二一〇万九八六八円及びこれに対する平成四年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人破産管財人のその余の請求を棄却する。

3  被控訴人スンーズエンタープライズ(以下「被控訴人会社」という。)は控訴人に対し、一二九〇万八四五〇円及びこれに対する平成四年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人に生じた費用について、四分の一を控訴人の、四分の一を被控訴人破産管財人の、その余を被控訴人会社の、被控訴人破産管財人に生じた費用については、二分の一を控訴人の、その余を被控訴人破産管財人の、被控訴人会社に生じた費用については、その全部を被控訴人会社の、それぞれ負担とする。

三  この判決の主文第一項1、3は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人破産管財人の控訴人に対する請求を棄却する。

3  被控訴人会社は控訴人に対し、一二九〇万八四五〇円及びこれに対する平成四年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

一  本件は、(1)(被控訴人破産管財人の控訴人に対する請求)被控訴人破産管財人が、控訴人に対し、貸室の賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継したと主張して、未払賃料と遅延損害金の支払を求め、また、(2)(控訴人の被控訴人会社に対する請求)控訴人が、被控訴人会社に対して、右賃貸借契約において差し入れた保証金の返還及び遅延損害金の支払を求めたものであるが、原判決は、(1)の請求を認容し、(2)の請求を棄却したので、控訴人が控訴したものである。

以上のほかは、原判決の「第二 事案の概要」中「三 争いのない事実等」及び「四 争点」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。

1  原判決三枚目裏九行目の「等」、同四枚目表四行目、同五行目、同九行目、四枚目裏一行目及び同四行目の各「(弁論の全趣旨)」をいずれも削る。

2  同三枚目裏末行の「訴外会社」を「以下『訴外会社』という。」に改める。

3  同四枚目表一〇行目の「建物」の次に「(以下『本件建物』という。)」を加える。

二  当審において追加された主張

1  被控訴人破産管財人の請求に対する控訴人の予備的抗弁(相殺の抗弁)

仮に、被控訴人破産管財人が本件賃貸借契約の賃貸人の地位及び保証金返還債務を承継した場合には、控訴人は、次のとおり主張する。

控訴人は、平成四年八月三〇日被控訴人破産管財人に対し、本件賃貸借契約を解約する旨の申し入れをしたので、三か月の期間を経過した同年一一月三〇日をもって、本件賃貸借契約は終了した。控訴人は、被控訴人破産管財人に対し、一六九一万円(保証金二〇〇〇万円から、約定の償却費一五パーセント及び消費税を付加した金額である三〇九万円を控除した金額)の保証金返還請求権を取得した。

控訴人は、被控訴人破産管財人に対し、平成六年八月八日の本件口頭弁論期日において、右保証金返還請求権をもって、被控訴人破産管財人の請求賃料債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

2  被控訴人破産管財人の認否、反論

本件賃貸借契約が控訴人主張の時期に終了したことは認める。

相殺の効力については争う。相殺の受働債権たる本件賃料債権は、訴外会社が破産宣告を受けた後に発生した債権であるから破産法一〇四条の規定により相殺は許されない。また、相殺の自働債権である保証金返還請求権は、建設協力金の性格を有するものであり、敷金の性格を全く有しないものであるから、同法一〇三条により、当期及び次期の賃料分を除き相殺は許されない。

第三  当裁判所の判断

一  賃貸人の地位の譲渡について

まず、被控訴人破産管財人は、訴外会社が本件建物の所有権の移転を受けたのに伴い、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継したことを控訴人に対して主張することができるか否かについて検討する。

この点に関しては、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」の一に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決五枚目裏四行目の「本件証拠(」の次に「甲第二一、二二号証、二三、二四号証の各一、二、」を加え、同行目の「乙事件」を削る。

2  同六枚目表一行目の冒頭から同四行目の「したがって、」までを、次のとおり改める。

「賃貸借の目的物の所有権が移転された場合に、新所有者が賃貸借上の賃貸人の地位を承継したことを賃借人に対して主張するためには、特段の事情のない限り、新所有者が所有権移転登記を経由したことをもって足りるのであって、賃借人に対する通知又はその承諾を必要とするものではない(賃借人が異議を述べて右承諾を否定することもできない。)というべきであるから、右の認定事実に照らせば、」

3  同六枚目表六行目の「本件賃貸借契約上の賃貸人の」の次に「地位の」を、「ついては、」の次に「旧賃貸人の通知ないし」をそれぞれ加える。

二  保証金返還債務の承継について

次に、訴外会社が、被控訴人会社の負担していた保証金返還債務を承継したか否かについて検討する。

賃貸目的物の所有権が移転されたのに伴い、賃貸人の地位の譲渡がされた場合において、賃借人が旧賃貸人に差し出していた保証金に関しては、その保証金が、賃貸人の賃料債務その他を担保する目的で賃貸人に交付されるいわゆる敷金の性質を有するものについては、当然に新所有者に承継されるものと解すべきであるが、そのような性質を有しないものについては、特段の合意をしない限り、当然には、新所有者に承継されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五一年三月四日第一小法廷判決・民集三〇巻二号二五頁参照)。

そこで、本件についてみると、本件証拠(甲第一号証ないし第八号証、第九、一〇号証の各一、二、第一七ないし一九号証、乙第五号証、丙第一号証ないし第三号証、控訴人本人尋問、弁論の全趣旨)によれば、以下の各事実が認められる。

(1)  控訴人は、昭和五五年三月四日、株式会社斎藤商会から、本件貸室について、使用目的を店舗(喫茶店)、期間を昭和五五年四月三〇日から三年、賃料を月額二〇万円、保証金を二〇〇〇万円(賃貸借契約が終了したときに、一五パーセントに相当する金額を控除して、残額を返還する。)旨の約定の下に賃借した(他に敷金の名目で差し入れられた金員はない。)。右賃貸借契約において、保証金の額はかなり高額に定められたが、反面、賃料は若干低額に設定されている。

(2)  その後、本件建物及びその敷地は、株式会社斎藤商会(大昭和紙工産業株式会社へ商号変更)から御祖酒造株式会社へ、同社から信販不動産株式会社へ、同社から山田商事株式会社へ、同社から被控訴人会社へと転々譲渡された。右各譲渡に際しては、それぞれ譲渡人、譲受人及び賃借人である控訴人の三者間において、本件貸室の賃貸借契約の賃貸人の地位の譲渡に関する合意が書面で取り交わされ、本件保証金に関する権利義務関係も譲渡人から譲受人に承継される旨合意された。

(3)  ところが、被控訴人会社から訴外会社への本件建物及び敷地の譲渡に際しては、前記各譲渡の場合と異なり、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位の譲渡について、控訴人を含めて書面による合意を取り交わすことがなかったのみならず、控訴人に対してその旨の通知すらされなかった。

(4)  控訴人が、本件建物等の譲渡及び賃貸人の地位の譲渡を知ったのは、訴外会社が倒産した直後の平成三年九月一八月ころになってからであった。

控訴人は、平成三年一〇月分から一二月分までを弁済供託し(但し後に控訴人において供託金を取り戻した。)、本件貸室の使用は継続していた。

右認定事実に照すと、本件保証金は、その趣旨は必ずしも明確とはいえず、ビルの賃貸借契約に際して、ビルの所有者が建設資金等の各種資金に利用することを目的として賃借人から融資を受けた金員の性格を有する部分があることはいうまでもないが、それのみに限られず、賃借人の賃料債務その他を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付されるいわゆる敷金の性質を有する部分をも含んでいるものと解することができる。なお、賃貸人変更の通知及び確認書(甲第四号証)においては、敷金欄と保証金欄があって、前者に金額の記載がなく、後者に二〇〇〇万円の記載のあることは、被控訴人破産管財人の主張のとおりであるが、右記載は、保証金という名目が付された金員であるため、あえてその中での敷金の性質を有する部分を別にすることなく、金額を後者に記載したに過ぎないと解され、以上の判示を左右するものではない。そして、本件保証金の額、賃料額及び立地条件等を総合考慮すると、敷金の性質を有する部分としては、本件保証金額の一割(本件賃貸借における賃料月額及び消費税額のおおむね七か月分)に当たる二〇〇万円と解するのが相当である。また、前記のとおり、訴外会社が、本件建物等の所有権の譲渡を受けるに際して、保証金返還債務の承継について、控訴人の承諾を受けたことを認定することはできない。

したがって、訴外会社は、本件賃貸借契約における賃貸人の地位の移転に伴って、被控訴人会社の負っていた保証金返還債務のうち、敷金の性質を有する部分に相当する金二〇〇万円については、返還債務を承継したが、その余については、承継していないものと解するのが相当である。

三  相殺の抗弁について

そこで、控訴人の相殺の抗弁について検討する。

控訴人が、平成四年八月三〇日被控訴人破産管財人に対し、本件賃貸借契約を解約する旨の申入れをしたことは、控訴人及び被控訴人破産管財人間において争いはなく、したがって、右解約申入れから三か月の期間を経過した同年一一月三〇日をもって、本件賃貸借契約は終了し、右同日、控訴人は、被控訴人破産管財人に対し、金二〇〇万円の保証金返還請求権を取得した。控訴人が、被控訴人破産管財人に対し、平成六年八月八日の本件口頭弁論期日において、右保証金返還請求権をもって、被控訴人破産管財人の請求賃料債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に明らかである。

そうすると、被控訴人破産管財人の控訴人に対する各期の賃料の合計(合計四〇〇万一五五〇円)及び遅延損害金の各債権は、右相殺により平成四年一一月三〇日に遡って対当額で消滅したので、賃料(合計二一〇万九八六八円)及び平成四年一二月一日からの所定の遅延損害金の範囲で存続することとなる。

なお、相殺の自働債権である保証金返還請求権は、前記のとおり敷金の性格を有するものであるから、相殺が許されることは破産法一〇三条一項の規定から明らかである(同条同項は、同法一〇四条一号の例外規定であると解すべきであるから、前者の要件を満たす限り、右の相殺は、同法一〇四条一号の債権を受働債権とするものであっても、許されるものと解する。)。

四  控訴人の被控訴人会社に対する請求について

前記のとおり、本件賃貸借は、本件建物の所有権が、被控訴人会社から訴外会社に移転するのに伴い、賃貸人としての地位も訴外会社が承継したが、被控訴人会社の負担していた保証金返還債務に関しては、敷金の性質を有しない部分については、特段の合意のない限り、当然には移転しないものというべきところ、本件において、そのような合意がされていないことは明らかである。また、本件賃貸借契約が平成四年一一月三〇日をもって終了したことは弁論の全趣旨により認められる。したがって、被控訴人会社は、控訴人に対し、金一四九一万円(保証金二〇〇〇万円から、約定の償却費一五パーセント及び消費税を付加した金額である三〇九万円を控除した金額である一六九一万円から、当然に債務の承継があった前記二〇〇万円をさらに控除した額)について、返還する義務を負うことになる。

したがって、控訴人の被控訴人会社に対する一二九〇万八四五〇円の保証金返還請求は、その請求する全額について理由があり、また、右金員に対する平成四年一二月一日から支払済みまでの商事法定利率年六分の遅延損害金の支払請求も正当である。

第四  結論

以上のとおり、(1)被控訴人破産管財人の控訴人に対する請求は、金二一〇万九八六八円及び所定の遅延損害金を求める限度において理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきこととなり、(2)控訴人の被控訴人会社に対する請求は、すべて理由があるから、認容すべきことになる。よって、これと判断を異にする原判決を変更することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官矢﨑正彦 裁判官飯村敏明)

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